旧モーガン邸、旧住友家別邸と旧吉田邸

岸田 徹 【岸コラ】
2009年4月9日(木)

全焼した旧モーガン邸旧モーガン邸は2007年5月12日午前4時40分ごろ出火し、木造平屋建ての建物280平方メートルをほぼ全焼した。モーガンはアメリカ人の設計技師で、大正9年(1920年)に丸ビル建設のために来日したとされている。丸ビル建設後はそのまま日本に残り、全国に30以上の建築を手がけたようだ。日本女性と結婚し、自宅として藤沢市大鋸(だいぎり)に6,600平方メートルの土地を求めて洋館を建てた(1931年)のがこの館で、歴史的建造物としての価値が高いものだった。

モーガンの死後この屋敷は所有者が転々とし、宅地開発が行われる予定だったが、建築家や住民らが保存を求める運動を展開し、財団法人「日本ナショナルトラスト」と藤沢土地開発公社が買い取り、保存されることになったばかりだった。建物はほぼ全焼と伝えられたが、後に増築された建物部分は残った。藤沢署の実況見分では、建物の倉庫部分の窓ガラスが外部から壊され何者かが侵入した痕跡があることから、放火の疑いがあると捜査を進めた。

それから半年後の2008年1月2日午前5時30分ごろ再び出火、残った増築部分と別棟の250平方メートルが全焼した。

旧モーガン邸から500メートルほど離れた横浜市戸塚区の旧住友家俣野別邸が、先月15日早朝に全焼した。1939年に建てられた古い建築でありながら現代の建築物に通じる先進性があると評価され、昭和の住宅建築として初めて国の重要文化財に指定されていた。横浜市開港150周年の記念行事の一環として耐震改修工事中で、火の気がないことから戸塚署は放火の疑いで捜査をし、旧モーガン邸の火災との関連も捜査すると報じられた。

住友財閥創業者一族の住友家の当主は現在第17代だが、旧住友家俣野別邸は第16代当主の東京別邸として建築された。2002年に相続税の物納財産として住友家から国に所有権が移った。

旧住友家別邸の火災から一週間後の先月22日、大磯の旧吉田邸が全焼した。出火は午前6時ごろ。総ヒノキ造りの数寄屋風建物で900平方メートルが灰となった。大磯は、藤沢から東海道本線で4つ目の駅だ。

旧吉田邸は吉田茂元首相が亡くなった2年後に西武鉄道が買収し、大磯プリンスホテルの別館となっていたが一般には公開していなかった。西武鉄道は経営再建のために旧吉田邸を県に売却したいと打診し、県は国に迎賓館として活用するよう訴えていた。戦後政治の舞台となったことや大平首相とアメリカのカーター大統領が首脳会談を行ったこと、さらには邸宅が講和条約の年に外国の要人を招くために増改築されたことから保存活動も活発だった。

邸宅は6時間半燃え続けようやく鎮火したが、普段は火の気がないことから放火も疑われた。しかし、翌日の実況見分で神奈川県警と大磯町消防本部は何者かが侵入した痕跡も見当たらず、出火原因は漏電の可能性が高いとした。

しかし、旧吉田邸の出火原因が漏電だという点については疑ってみる必要がある。理由は、警察という組織は日本の現体制維持のために存在するからだ。現体制の首長である麻生総理大臣の祖父が邸宅の主だった吉田茂であることは周知の事実。もし、これが放火だとしたら、現体制に反発する勢力の仕業である可能性が高くなるわけで、ことを荒立てることは体制維持にはマイナスになる。放火と漏電の両方が考えられるのなら漏電で行くだろう。

また、持ち主だった西武鉄道に今でも政治力があるかどうかは分からないが、西武鉄道はすでに邸宅を神奈川県に寄付することを申し出ていて(2006年9月)、後は土地を20億円で県に購入してもらう段取りが進んでいた。そこで、放火となれば管理責任がより強く追及される。双方にとって漏電の方が都合がいいはずで、その方向で実況見分を行えば、その方向の答えが出るのが当然。それを記者クラブで発表すれば自動的にそのように報道されるのが今の日本の報道システムで、これが事実となって歴史に残る。漏電かもしれないが、そうでない可能性も考えられる。これは、マスコミも一般市民も確認のしようがない。警察と消防だけができる仕事だ。

もし、旧モーガン邸、旧住友家別邸、旧吉田邸の3件が放火だとしたら、この3件には共通点がある。人が住んでいない館を狙ったもので、社会に対する不満を示したものだと想像できる。

日本の火災の出火原因のトップは放火だ。消防白書によれば、平成19年中の放火による火災は12%を占める。これにコンロ(11.1%)、たばこ(10.5%)と続くのだが、原因が特定できず放火の疑いだとする火災がその次に続く。これが8.4%。つまり、放火と放火の疑いを合わせれば、出火原因の2割以上を占めることになり、火事の5件に1件が放火によるものとみられる。

長年日本ではたばこの火の不始末が火事の原因だと注意を喚起してきたが、昭和52年(1977年)に放火と放火の疑いを合計した出火原因がたばこを抜いた。以降、その割合が増え続けている。1977年は、カラオケが流行りだした年で、社会党が衰退し、アップル・コンピューターが会社を設立、ドリフの「8時だョ!全員集合」が人気で1980年には「カラスなぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ」という替え唄が大流行した。戦後日本の等しく豊かになって進んできた社会で、個人主義が頭をもたげてきた時代だ。以降、全員が中産階級と言われた日本社会は、豊かさの定義を求めたり、個人の自由を求めたり、他との差別を求める社会に変わっていった。

もし、この3邸宅の火災が放火で、放火の理由が社会に対する不満だとしたら、不満の理由を想像させる出来事がある。

旧モーガン邸のモーガンは丸ビル建設のために来日したとされていることから、ターゲットは丸ビルである可能性が高く、丸ビルと言えば三菱で、2回にわたる旧モーガン邸出火の前には、三菱自動車の裁判が進行していた。この裁判は、2002年に三菱自動車が製造したトラックのタイヤが突然外れ、タイヤだけが暴走し付近にいた母子3人がそのタイヤにしかれ死亡した事故など三菱自動車の欠陥にかかわるものだった。検察側は事故はメーカーが予見可能だっとしリコールを届ける注意義務を怠ったと主張した。

第1回目の火災があった2007年5月12日の20日ほど前に、この裁判の論告求刑が横浜地裁で行われた。検察側はリコールを担当する部長とグループ長の2被告にそれぞれ禁固2年と、1年6ヶ月を求刑した。これに対し両被告は事故は整備不良によるもので、予見できなかったと無罪を主張した。

それから1週間後、やはり三菱自動車のトラックのクラッチ部品の欠陥でブレーキが利かずに男性運転手が死亡した事故を、検察側が会社ぐるみのリコール隠しだとし、元社長に禁固3年、元役員3人に3年から2年6ヶ月を求刑した。これに対し元社長の被告は論告求刑中にしきりに首を振り、納得がいかない様子を見せたと報道された。旧モーガン邸の第1回目の火災はそれから2週間後に起こった。

この裁判のうち部長とグループ長だった2被告に対する横浜地裁の判決が出た。判決は両被告に禁固1年6ヶ月の有罪だったが執行猶予が付いた。被告側は有罪が納得できず上告し、被害者の遺族は執行猶予が付いたことがとても信じられないと怒りをあらわにした。旧モーガン邸の2回目の火災はこの判決からやはり2週間後に起きた。

先月起きた旧住友家別邸の火災がもし放火だったとするならば、住友への反感は、「かんぽの宿」をめぐる日本郵政の西川社長の対応がピンとくる。西川社長は住友銀行出身で、「かんぽの宿」の一括売却を担当した責任者も住友銀行出身者であると言われている。

旧吉田邸に関しては、麻生総理の不人気が頭をよぎるが、吉田元首相は、子飼いの池田勇人氏が首相だった時に次のような発言をしている。

「池田は『地域格差を是正する』なんて言って大丈夫なのかね。それは道徳主義者が言うことで、政治家が言うべきことではない。国土というのは、格差があってしかるべきだし、均衡なんてあり得るはずがない」(読売新聞に連載された「時代の証言者」で元国土審議会長だった下河辺淳氏の証言。2003年10月24日朝刊)

私はこの3つの火災を放火だと疑えと主張しているのではない。マスコミはたとえ放火だと疑っても、それを記事にすることはできない体制がある。自ら調べることができないのに放火の疑いだけを記事にしたら、世の中が混乱してしまう。だから、マスコミは放火だとは疑えない。

しかし、だからと言って一般市民が放火の疑いを持ってはいけないということにはならない。放火か事故かを探ることは重要なことだが、それ以外にも疑いの理由がどこにあるのかを探ることは大変重要なことだ。

放火は決してやってはいけない事であることは言うまでもない。厳しく処罰されるべきだが、同時にどうしてそういう取り返しのつかないことをしてしまうのかの理由や背景はきちっと解明しなくてはいけない。それは、放火ではないかとの疑いの段階で行えるものだ。格差社会に対する不満と映る火災事例は神奈川県に限らない。

東京では、杉並区で「トトロの住む家」として親しまれている空家(70平方メートル)が2月14日未明に全焼した。さらに、2月17日早朝には、世田谷区深沢で屋根が茅葺(かやぶ)きの寄せ棟造りの旧農家三田家住宅(世田谷区が一般展示用に保存)280平方メートルが全焼。また、京都市左京区では3月31日午前1時ごろ旧橋本関雪邸の茶室「憩寂庵(けいじゃくあん)」と「倚翠亭(いすいてい)」が全焼した。橋本関雪は大正から昭和期に京都画壇で活躍した日本画家だ。

この3件は、一見関連がないように見えるが、格差社会への不満という観点からみれば共通項がある。「トトロの住む家」は2007年に所有者が転居したため、地元で保存活動が活発になり、杉並区が周辺の駐車場を含めて830平方メートルの土地と家屋を約4億円で買取り、来年公園として開放する予定だった。保存を求める人や全国の「トトロの家」ファンにとってはまたとない朗報だろうが、生活苦の人たちにとっては、ここに費やされた4億円の意味は理解できないはずだ。

農家三田家住宅は、そのまま聞けば農家を想像するが、世田谷の大富豪の邸宅で、公開されている母屋も農作業は想像できない。当地では有名な“お大尽様”だ。

京都の旧橋本関雪邸は画家の生家という感じではない。橋本関雪記念館「白沙村荘」として一般に公開されていて、レストランも営業している。17年前、ここから昭和13年のコダック製16ミリカラーフィルムが発見された。フィルムには橋本関雪画伯一家が海水浴を楽しむシーンが3分間にわたり映されていたが、この16ミリカラーはコダック本社のアメリカでも発売後3年しかたっておらず、読売新聞によれば「当時はよほど裕福な家庭でしか入手できず、撮影後も米国まで送って現像していたのでは」と日本コダック社のコメントを伝えている。(「白沙村荘」のブログでは、今回の火災原因は電気によるものと伝えている)


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2009:「放火罪」

2009.04.04 旧吉田邸再建で準備会=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2009.03.31 関雪旧邸火災 警報機なく無防備 文化財未指定で義務なし/京都 読売新聞 大阪夕刊 夕社会

2009.03.31 旧橋本関雪邸が火事、2茶室全焼 不審火の疑いも/京都 読売新聞 東京夕刊 夕社会

2009.03.24 大磯・旧吉田邸全焼 漏電の可能性高まる 放火の跡見つからず=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2009.03.23 旧吉田茂邸全焼 尊い遺産、瞬く間に 公園整備直前「国民的な損失」=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2009.03.23 旧吉田茂邸全焼 政財界の大物通う 住民「町の財産なくなった」 読売新聞 東京朝刊

2009.03.23 旧吉田茂邸が全焼 戦後政治の舞台/神奈川・大磯 読売新聞 東京朝刊 一面

2009.03.23 01:35 旧吉田茂邸を全焼 不審火の可能性も 神奈川・大磯 asahi.com

2009.03.23 歴史的建造物 焼失相次ぐ… 産経新聞 東京朝刊 社会面

2009.03.16 旧住友家別邸全焼 旧モーガン邸放火と関連? 現場に火の気なく=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2009.03.16 重文・旧住友家別邸が全焼 耐震工事の後、無人に/横浜 読売新聞 東京朝刊 社会

2009.03.04 鳩山総務相と日本郵政、亀裂深く 東京中央郵便局や「かんぽの宿」巡り 読売新聞 東京朝刊 二面

2009.02.17 築120年の古民家全焼/東京・世田谷  読売新聞 東京夕刊

2009.02.15 「トトロの家」全焼 「特徴の瓦すべて…」 保存活動の住民、肩落とす=東京 読売新聞 東京朝刊 都民

2008.09.23 自民党総裁選 基礎からわかる「麻生太郎」=特集 読売新聞 東京朝刊 朝特A

2008.05.13 旧モーガン邸、再建暗礁 費用1億6000万円 藤沢市「出せない」=神奈川 読売新聞 東京朝刊

2008.02.05 トトロの家:東京・杉並区、保存へ 毎日新聞

2008.01.21 旧モーガン邸復元保存あきらめない 火災2度目 「守る会」再出発へ=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2008.01.03 旧モーガン邸また放火か 早朝に別棟など全焼/神奈川・藤沢 読売新聞 東京朝刊

2007.12.14 三菱自タイヤ脱落有罪判決 予見可能性、明確に認定 隠ぺい厳しく指弾=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2007.12.14 タイヤ脱落死傷 三菱自元幹部2人に有罪判決 横浜地裁「欠陥、漫然と放置」 読売新聞 東京朝刊 社会

2007.06.14 [読者のニュース写真]5月の入選作 読売新聞 東京夕刊 夕特A

2007.05.21 修復願い焼け跡の後片付け 旧モーガン邸を守る会、定例草刈り=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2007.05.13 旧モーガン邸全焼 官民の保存活動、無念 放火し居間窓から逃走か=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2007.05.13 旧モーガン邸火災 窓割られ侵入の跡/神奈川・藤沢署調べ 読売新聞 東京朝刊 社会

2007.05.12 旧モーガン邸全焼 住民要請で保存 不審火の疑い/神奈川・藤沢 読売新聞 東京夕刊 夕社会

2007.04.26 三菱自欠陥事故 元役員らに禁固3年など求刑/横浜地裁 読売新聞 東京朝刊

2007.04.26 三菱自元役員に求刑 元社長が主犯的立場 検察側「組織犯罪」再び指弾=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2007.04.20 三菱自ハブ欠陥・母子死傷事故 元部長に禁固2年求刑/横浜地裁公判 読売新聞 東京朝刊

2006.09.26 旧吉田邸保存問題 西武鉄道が建物を寄付へ 県、敷地買収し公園に=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2006.09.15 「旧モーガン邸に興味もって」 藤沢・大清水高が文化祭で展示=神奈川 読売新聞 東京朝刊 神奈2

2006.08.23 [プリズム]旧吉田茂邸保存 財政面に難題 迎賓館構想、国が一蹴=神奈川 読売新聞 東京朝刊 神奈2

2006.08.05 旧吉田邸保存「迎賓館は困難」 都市公園含み 政府検討会議が県に通知=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2006.06.29 旧吉田茂邸 「迎賓館」再考求める 鈴木官房副長官「警備上課題多い」=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2006.06.29 鈴木官房副長官、大磯の旧吉田邸を視察 「迎賓施設には課題」 読売新聞 東京朝刊 政治

2006.04.04 大磯町の旧吉田邸、活用へ要望書 住民団体がきょう小泉首相に提出=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2006.03.19 「旧モーガン邸」募金者らに公開=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2005.03.17 藤沢の「旧モーガン邸」撮影会 20日、一般対象に価値訴え=神奈川 読売新聞 東京朝刊 神奈

2005.01.07 旧モーガン邸買い取り 募金集まらず危機=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

2004.07.06 藤沢の旧モーガン邸保存で敷地の一部購入 東京の財団法人=神奈川 読売新聞 東京朝刊 神奈2

2004.04.17 旧住友家俣野別邸、重文に 県内51件目、効率的な設計評価=神奈川 読売新聞 東京朝刊 神奈2

2003.10.24 [時代の証言者]国土開発・下河辺淳(7)吉田茂氏、世銀との交渉役に 読売新聞 東京朝刊 解説

2003.01.27 「湘南に残る邸宅、保存を」 藤沢でシンポ 市民団体が活動発表=神奈川 読売新聞 東京朝刊 横浜

1994.11.04 昨年は放火が出火原因1位 全火災の2割以上に/平成6年版消防白書 読売新聞 東京夕刊

1992.03.28 橋本関雪画伯一家のフィルム 3分ドラマ色鮮やかに 海水浴生き生きと/京都 読売新聞 大阪夕刊

参考サイト:

J.H.モーガンの紹介(ようこそ旧モーガン邸へ)

旧住友家俣野別邸(文化遺産オンライン)

財団法人日本ナショナルトラスト

平成20年版 消防白書(付属資料6主な出火原因の推移)

かんぽの宿 340億円を11億で売却(日本共産党)

白沙村荘